第1問(柿本神社・入り口)   この柿本神社にまつられている神様、柿本人麿は、今からおよそ千三百年前に、 この益田の地で密かにその尊い一生を終えたと言われています。では、人麿が一 生を終えた命日はいつだと言われているでしょうか。 第2問(柿本神社・境内)  この神社にまつられている歌聖「柿本人麿」は、歌や学問の神様というだけで なく、安産や開運の神、火難や疫病を防ぐ神、豊かな水や実りをもたらす神とし ても、人々に敬われ信仰されてきました。では、そうした柿本人麿の名を、石見 の人々は敬いと親しみをこめて何と呼んだでしょうか。 第3問(柿本神社・境内)  柿本人麿は、石見にやってくる前は宮廷歌人でした。大和朝廷の専属の歌人と して活躍し、多くの歌を作りました。宮廷歌人としての人麿は、だれのために、 何の歌をつくったでしょうか。 第4問(和風休憩所・資料館)  柿本人麿は、歌や学問の能力だけでなく、豊かな知識と教養の持ち主でした。 石見にやってきた人麿は、農業や産業の発展にも力を注ぎ、生産方法や技術を伝 えたとも言われています。 石見の伝統的な産業の中で、人麿が生涯技術を教え 広めたと言い伝えられているものがあります。それは1300年の古い歴史を もって受け継がれ、世界の無形文化遺産にも登録されています。 では、その石 見の伝統産業(文化遺産)とは、何でしょうか。 第5問(和風休憩所・資料館)  人麿は、和歌や学問の神としてだけでなく、この石見地方をおさめる役人とし てつくしたことから、農業や暮らしを守る神としても尊敬されています。そのこ とを祝ったお祭りが人麿の誕生日に毎年盛大に行われます。そのお祭りはいつ行 われるでしょう。 第6問(やすらぎの家)  ここは、短歌の会やお茶会などが開かれる心やすらぐ所です。入口の前には人 麿さん夫婦をまねて写真を撮る、顔のぞき板が置かれており、観光客に喜ばれて います。 では、お嫁さんは次のどちらの人でしょう。 第7問 (多目的休憩所・広場)  ここのステージやみどりの広場は、この公園を訪れる人の休息の場や親子の遊 び場として人気があります。また、このあたりは益田でも有名な「万葉まつり」 の会場となる所で、当日は大勢の人が訪れます。 それでは、その祭りはいつ開 催されるでしょう。 第8問(まほろばの園)  「まほろば」とは、「その地方の一番りっぱな所」という意味です。そこでは、 人麿のような歌人やお坊さんたちが集まり、くねくねした小川の流れを使って 「何か」をし、にぎやかに過ごされたようです。では、なにをしたのでしょう。 第9問(人麿展望広場)  石見のや 高角山の 木の際より 我が振る袖を 妹見つらむか これは柿本 人麿が石見から都に上るときに詠んだと言われる、有名な歌です。ではこの歌は、 だれに対して歌ったものでしょうか。 第10問(人麿展望広場)  歌聖「柿本人麿」が生まれて亡くなったという伝説をもつ益田市では、歌の精 神を受け継ぐためのカルタ競技を大切にしています。そのカルタ競技に使う「小 倉百人一首」の中には、人麿の歌は一首しかありません。では、「小倉百人一首」 の中に選ばれている柿本人麿の歌は、次のどれでしょうか。 解答 第1問 旧暦の三月十八日 第2問 人丸さん 第3問 天皇や皇族の存在をたたえ、大和の国を安定させるため。 第4問 石州和紙 第5問 九月一日(八朔祭) 第6問 江津の村の歌作りにすぐれた「依羅娘子」 第7問 四月二十九日の昭和の日 第8問 杯が自分の所に流れ着くまでに、和歌作りができたかどうかを競いあう (曲水の宴) 第9問 石見に残してきた最愛の妻 第10問 あしひきの 山鳥の尾の しだれ尾の ながながし夜を 独りかも寝む